法要や建墓には「うちのお寺」の存在意義が大きかったのである。しかし、戦後生まれが社会の中心を占めるにしたがって、菩提寺との関係は急激に薄れる。葬儀社が僧侶を手配することも増え、「寺は暴利をむさぼっている」「葬儀社が寺からバックマージンをとっている」等の批判が噴出しだす。ひとつの例が、悪名高い「戒名」であろう。最澄、空海、法然、親鸞、一遍、栄西、道元、日蓮……ああいう漢字二字の名前がもともとの戒名だ。が、ご存じのように、日本の戒名にはランクがある。よく知られているのは「信士/信女」「居士/大姉」、そして頭に「○○院」や「○○院殿」がつく「院号」「院殿号」と呼ばれる戒名だろう。戒名は高いほうが上等とされ、「院」がつくのは特に上等とされる。戒名のランクを決めるのは、昔は「家格」だった。名家専用の「院号」がインフレを起こしたのは戦時中で、「名誉の戦死者」に院号をつける習慣が広がったのだそうだ。院号は寺への貢献度の高い人に与えられるといわれるが、貢献度とは平たくいえばお布施の額だ。
正月のお飾りの一つに受け取られている鏡餅も、じつは正月に迎える歳神様への供え物である。カビが出ないようパックになっていて、三方から裏白まですべて紙製の組み立て式鏡餅は便利だが、きちんともち米をついてつくった鏡餅の迫力には負けるし、神様だってありがたみがちがうだろう。できれば、きちんと飾りたいものだ。丸くした大小の餅を二段重ねるのが基本。和菓子屋さんや米屋さんに頼めばつくってもらえるが、小さめにつくった上段のほうが少し中高になっているのがふつう。この上段の上にダイダイを飾る。三方の上には奉書紙のような和紙を敷き、その上に裏白をハの字形に置いて、二段重ねの餅を置く。いちばん基本の家庭的な飾り方である。三方がなければ、和紙を置いたり、紅白や金銀の色紙を置いた上に飾るだけでもよい。豪華になると、伊勢海老、昆布、ユズリハ、地方によっては串柿などが加わり、郷土色豊かな鏡餅になる。
社会人になれば、ビジネス上のおつきあいの延長で、プライベートな食事などに誘われることもある。カジュアルな現代では気軽な感覚だろうし、お酒を交えたつきあいも仕事のうち、という職種もある。しかし社内の人でも社外の人でも、相手が異性の場合、1対1は本当は望ましくない。残業中にラーメン屋さんで急いで夕食、というのは別だが、きちんとしたレストランやお酒がからむ場所では、まわりに誤解されても仕方ないからだ。断りにくいときは「お昼に」「○○も一緒に」と夜や1対1を避け、それでも誘われて困るようなら上司に相談すること。もちろん職場の環境や、つきあいの深さによって臨機応変に対応すればよいが、たとえ同性でも取引先とのプライベートなつきあいは誤解や噂を招きやすいものとは心得ておこう。
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